大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和28年(行)100号 判決

原告 小松隆

被告 東住吉税務署長

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二八年七月一四日附を以て原告に対して為した、昭和二七年度分所得税の総所得金額五一万四七〇〇円なる更正決定に対する原告の再調査請求を棄却する旨の決定につき、二三万一二五七円を超える部分を取消す」との判決を求め、その請求の原因として、原告は被告に対し昭和二七年度分所得税につき同年度の総所得金額が三五万円である旨の確定申告書を提出したところ、被告は右金額を五一万四七〇〇円に更正決定を為した。そこで原告は更に再調査の請求を為したが被告は同年七月一四日附を以てこれを棄却する旨の決定をなした。然しながら、被告の右棄却決定は二三万一二五七円を超える部分につき違法であるからその取消を求めるため、本訴に及んだと述べ、被告の答弁に対し、原告が確定申告書を提出した日、被告が更正決定をなした日附、その通知書の発送された日時、原告が再調査の請求をなした日、並びに原告が大阪国税局長に対し審査の請求をなした日及びその変更決定のなされた日附については、いづれも被告主張のとおりであり、且つ原告が被告の主張する更正の請求を為していない事実はこれを認めると述べた。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「主文同旨」の判決を求め、その理由として原告は被告の再調査決定の処分が違法であると主張するけれども、その主張の確定申告の金額と本訴で主張する金額との差額部分について、所得税法第二七条第六項に定める更正の請求とそれに続く行政上の救済手続を経ておらないのであるから、本訴は全体として、不適法というべきである。すなわち、所得税法によれば、所得税の確定申告書を提出した者で同法第二六条第一項第一〇号に規定する過不足額につき不足額が過大である場合には、当該申告書の提出期限後一ケ月間を限り政府に対し更正の請求をなし(二七条六項)右更正の請求に対する政府の処分(同条七項)に不服のある場合には、再調査若しくは審査の請求をなすべく(四八条四九条)この決定を経た後において始めて、訴の提起が許されるものであることは、同法第五一条第一項に明規するところである。然るに、原告は右更正の請求を何等為しておらないのであり、この欠陥は補正できないから本件訴は不適法として却下さるべきである。と述べ、本案につき「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張事実中原告が昭和二七年度分所得税の総所得金額が三五万円である旨の確定申告書を被告に対し提出したこと、被告が右金額を五一万四七〇〇円に更正決定をなしたこと、原告が再調査の請求をなし被告が同年七月一四日附を以てこれを棄却したことはいずれもこれを認めるが、その余の点は争う。なお原告が確定申告書を提出したのは、昭和二八年三月一六日であり、被告が更正決定の通知書を発送したのは同年三月二八日である。そして原告が再調査の請求をなしたのは同年四月三〇日であつて、その後原告は同年八月五日大阪国税局長に対し審査の請求をなし同局長は昭和二九年二月三日被告の再調査決定を一部取消して原告の総所得金額を四八万円と変更決定したものである、と述べた。

理由

先づ本件訴の適否について考察しよう。

原告が昭和二八年三月一六日、被告に対し昭和二七年度分総所得金額が三五万円である旨の確定申告書を提出したこと、被告が右金額を五一万四七〇〇円に更正決定をなし同年三月二八日その通知書を発送したこと、原告が同年四月三〇日被告に対し再調査の請求をなし、被告が同年七月一四日附でこれを棄却したこと、並びに原告が同年八月五日大阪国税局長に対し審査の請求をなし同局長が昭和二九年二月三日被告の再調査決定を四八万円の限度で変更する旨の決定をなしたこと、原告が被告に対し所得税法第二七条第六項に定める更正の請求をなしていないこと、はいづれも当事者間に争がない。

さて所得税法第二七条第六項によると、確定申告書を提出した者で当該申告書に記載した同法第二六条第一項第一〇号に規定する過不足額について不足額が過大である場合若しくは超過額が過少である場合等においては、右申告書の提出期限後すなわち翌年二月末日から一ケ月間を限り政府に対し確定申告書に記載したその年分の総所得金額等について更正の請求を為すことができるのであつて、右の請求に対する政府すなわち当該管轄税務署長の更正決定に対しては、更に再調査若しくは審査の請求をなすことができ(同法二七条七項四八条四九条)この手続を経た後において始めて訴訟を提起して確定申告書に記載したその年分の総所得金額等についてこれを争うことができるものというべく(同法五一条)右の手続を為すことなく前記期間を経過したときは、最早確定申告書記載のその年分の総所得金額を争うことを得なくなるものと解すべきところ、然して、本件についてこれを見るのに、原告が本訴において直接訴の対象とするものは、被告の再調査決定ではあるが、前記争のない事実関係に照らしてみると、被告の右決定は原告の確定申告の総所得金額を超過するものであるから、当然に、且つ実質的に、後者の金額に関する争をも内包するものであつて、従つて原告の本訴請求はこの範囲において行政上の救済手続を経由することなくして、直接に訴訟を提起した不法あるものというべきである。そして、所謂抗告訴訟において、当該行政処分の変更を求める範囲の一部分につき、必要とされる行政上の前審手続を経由しない不法があるときは当該訴に関しては最早実体的審理を為すことを得ないものというべく、この部分のみを除外した残余の点に関してのみ実体的審理を遂げることはできないものと解するのが相当である。

蓋し一個の行政処分はこれを分割して観念することが不能であるばかりでなく、若し反対に解するときは、当該行政処分の変更を求めることについて必要とされる行政上の救済手続を経由しない不法を裁判所が法律上の根拠なくして、みだりに救済する結果となり所得税法が前記のような行政上の救済手続を規定した趣旨を没却するに至るからである。

そうだとすると、原告の本訴請求はその余の点について判断する迄もなく不適法として却下すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相賀照之 中島孝信 仲江利政)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例